仙台市登録文化財「釈迦堂」の解体修復工事・2019年5月

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宮城野区榴岡の孝勝寺の境内にある仙台市の登録文化財「釈迦堂」の解体修復工事が始まったというので見てきました。


孝勝寺は仙台駅東口から直線距離で東へ500mちょっとの場所にある大きなお寺です。


元々は「大仙寺」という名称でしたが、伊達政宗公が出陣の際、この寺で戦勝祈願をして多くの武運をあげることが出来たので「全勝寺」と改名、その後2代藩主忠宗公の正室の法名「孝勝院」から「孝勝寺」と名付けられて現在に至ります。歴史的に伊達家との関係が深く、山門は仙台城の城門のひとつを移築したものだそうです。


山門以外の建物は残念ながら1960年(昭和35年)に火災で焼失してしまいましたが、再建された本堂の大きさで往時が偲ばれます。2003年(平成15年)には昔ながらの工法で本格的な木造の五重塔が建設されました。


本堂の左側に足場で覆われた建物がありますね。


本堂と五重塔の間にある「釈迦堂」です。足場で囲まれていて解体作業が始まっていました。


釈迦堂は4代藩主綱村公が1695年(元禄8年)、生母の三沢初子への報恩感謝のために建立したもので、元々は榴岡の「みやぎPNOプラザ(旧県立図書館)」の場所にありましたが、1973年(昭和48年)に図書館が建設される時に孝勝寺境内に移築されました。榴岡公園の桜は釈迦堂の周囲に植えられたものだったんですね。


2003年に撮影した「釈迦堂」です。長い年月の間に修復を繰り返して現在のような外観になりました。東日本大震災で被災して危険な状態になったことがきっかけで修復工事が行われることになりましたが、今回の解体修復工事では出来るだけ創建当時の本来の姿に近い外観に戻すそうです。


足場の中を覗いてみたら、ちらっと解体途中の釈迦堂が見えました。


現場に釈迦堂の説明パネルが設置されていました。
それによると「仙台市登録有形文化財(平成7年9月5日指定)仙台藩四代藩主伊達綱村が生母三沢初子の冥福を祈るため、母の持仏である釈迦仏を祀って元禄八年(1695)に建てられた持仏堂である。三間四方の正方形で、前面に一間の向拝(正面階段の上に張り出した庇の部分)を付ける。現在、軒、軸部など黒漆を主にした彩色が施されているが、もとは素木造であったといわれる。屋根は、宝形造、瀬戸焼の本瓦葺であったが、現在は本瓦葺形銅板葺に替わった。 内部の須弥壇上に厨子を備え、釈迦像を安置している。もと榴ヶ岡にあり、境内には釈迦堂のほか、二天門、鐘楼が置かれ、周囲には枝垂桜が多数植えられていた。公園の桜はその名残である。昭和48年(1973)宮城県図書館(現在の宮城県公文書館)が建設されるにあたり、この地に移転したが、堂建立の趣旨を綴った「釈迦堂碑」は現在も宮城県公文書館前にある。」と書かれていました。


釈迦堂の前には三沢初子と亀千代(綱村公)の石像が置かれていました。2021年の修復工事完了後に姿を現す釈迦堂は、どんな外観に復元されているのでしょうか、楽しみですね。

参考リンク
孝勝寺ホームページ

河北新報・2019年4月19日付記事~伊達騒動と深い関わり 仙台・榴岡の文化財「釈迦堂」320年経て大修復

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